第3章 作品における現代性




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第3章 作品における現代性


たとえばハンマークラヴィーア・ソナタや、ディアベッリ変奏曲、ミサ・ソレムニスなどのベートーヴェン後期の主要な作品には、難解というイメージがつきまとっている。しかもこれらは、いわゆる「沈黙の時代」にも作曲が辛うじて続いていたピアノ・ソナタを別にすれば、中期までの同じジャンルの作品と比べて約10年の隔たりを持って作曲され、ベートーヴェンの創作においてそういう点でもかけ離れた一群を形成している。

この「難解さ」はベートーヴェンが自己の世界に突き進んでいって、孤高の存在となっていったことの結果である。音楽の主たる機能が宮廷や教会の行事を彩るのではなく、市民生活に潤いをもたらすものに変わっていくと、作曲家たちは人々の「理解しやすさ」を追求するようになっていった。たとえばハイドンの有名な「私の言葉は世界が理解するだろう」という誇らしげな表現は、そういった脈絡の中で出てきたものである。しかしハイドンは市民の趣味にすら迎合せずに、芸術性と普遍性の絶妙なバランスを保ち得たが、市民社会の要求に流されていったあまたの作曲家たちがいた。またそれとは対照的に、モーツァルトは晩年に世間の無理解に直面した。そしてこの両極は19世紀の作曲家たちにとってひとつの磁場となった。すなわちポピュラーになる消費的な音楽を生産して束の間の人気を勝ち得るか、「難解な」音楽を書いて世間から相手にされないか、である。この問題は市民社会の延長上にある今日に生きている。こうした「現代性」をベートーヴェンの創作ははらんでいた。

ベートーヴェンがこうした両極の、これ以上あり得ないような均衡を保ち得た、いわゆる「傑作の森」を抜け出てしまったとき、彼に広がったのはこの二者択一ではなかったのか。ナポレオン体制の崩壊とウィーン会議の関連とはいえ、1814年に今日ではまず演奏されない通俗的な作品がベートーヴェンの作品表に立ち並ぶのは、ひとつの選択肢に彼が一時的になびいた証明であろう。そうした彼が決定的な道を選ぶにはさらに沈黙の3年間が必要ではあったし、しかもその道に彼は決然として踏み込んだのではない。『ハンマークラヴィーア・ソナタ』に見られる「中期」の残照がそれをよく物語っている。そして1作ごとにどんどん自分の世界に沈潜していく。

19世紀前半の世界は『第九』を全く不消化であった。あるいはそもそもベートーヴェンのシンフォニー全体の吸収も十分ではなかったと言えるかも知れない。シューマンやメンデルスゾーンを含めて、彼らのシンフォニーの根底にあったのはハイドン、そして特にモーツァルトの後期の作品であった。もちろん楽器は18世紀から大きく変化していたから、響きとしてはモーツァルトのシンフォニーと彼らのそれとはかなり違っている。したがって表面的な印象としてはその親近感が覆い隠されている。それらに共通しているのは、美しい旋律とダイナミックな対比が和音の変化に支えられて進行していく心地よい音楽、ということである。それに対してベートーヴェンの追求してきたことは何か。それは万人に受け入れられる芸術性に優れた心地よい音楽ではなく、音楽による世界観の表明であって、音楽を思想表現の手段にしよう、ということであった。ベートーヴェンの作品がすべてこうした路線上にあるわけではもちろんないし、そうであるものとないものとの区別も明確ではない。またいつ頃からそうした傾向が出てくるかも議論の余地がある。しかし、『英雄』シンフォニーにはそれがはっきりと現れていることは衆目の賛意が得られるのではないか。このようなシンフォニーは18世紀にはなく、この作品がこのジャンルの意味を転換させたと言える。そうして『第九』は、世界秩序の提示《第1楽章》から、人類社会の理想像《第4楽章》までが表現されている。そうして後期では、音楽による思想表現が全面的に開花した。これは作曲という行為を、そして作曲家という職業を決定的に変質させてしまった。

『第九』が現在クラシック音楽として最大のポピュラリティを獲得している作品の一つであるという表面的な事実と、ここで述べたことは矛盾しない。

ベートーヴェン、若い!
『ベートーヴェン像』1814年 B.ヘーフェル画(ウィーン楽友協会所蔵)


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