団長・副団長のあいさつ / 運営委員一覧 / 記念誌編集委員の紹介と編集後記
第2回 海外公演を振り返って 団長 渡辺 義之
高崎第9合唱団の第2回海外公演が、去る9月25日にチェコ共和国のプルゼニ市のオペラハウスで行われた。
前日のリハーサルに続いた本番の演奏は感激あふれるものであった。
美しい建物、満席の聴衆、チェコ・日本両国人によるベートーベンの第9の演奏、そして壁面に囲まれたロビーでのレセプションどれを思い出しても夢のようで胸が熱くなってくる。プルゼニ市の市長さんはじめ市民の方々が心をこめて準備し感激し歓迎してくれたことが、とても嬉しかった。
百塔の町プラハの建物の見事さ、ザルツブルグの景色のすばらしさ、そしてパリの町並みの華麗さと何を思い出しても楽しい旅であったが、一番嬉しかったことは90人の団員が事故もなく、心を一つに行動出来た事だと思う。
この海外公演の成功により高崎第9合唱団がひとまわり成長したように思う。長い間準備等、数々のご苦労を重ねられたスタッフの方々に心からお礼申し上げます。
プルゼニ演奏会を終えて 副団長 赤羽 洋子
100年の歴史が刻まれたネオルネサンス様式の重圧で華やかなオペラ座での演奏会。一ヶ月近くの日が駆け足で通り過ぎていきました。あれは確実にあった一日だったのか、夢だったのか、一瞬頭の中が霧に包まれてしまうような、現実とは余りにもかけ離れた遠い世界の出来事でした。
当日のリハーサルでは、言葉の通じないもどかしさや、時間に対する概念の違いからくる戸惑いをも感じましたが、Beethovenの音楽が総てを解決してくれました。
本番が始まるまで、指導者として、私にはめずらしくかなり緊張していたようです。時差ぼけと、プラハでの観光疲れを克服して、どの程度に団員が力を出し切ってくれるだろうか、ドイツ語は?音程は?歌い出しは?どんどん頭の中に問題点がかきあがってきます。約束の時間になっても姿を見せない共演予定のプラハ放送合唱団員。彼らに対しては全然予備知識がありませんでしたので、どの程度のボリュームで歌ってくれるのだろう?そしてバランスは?と、次から次へと不安の種はつきません。
しかし、本番での男声の「Freude!」の第一声を聞いた時の戦慄、感動、充実感…。それはどんな言葉を並べても言い表せない程のものでした。素晴らしい男声に助けられ女声も日頃の成果を充分発揮した演奏でした。思いきり歌ったあとの静寂。そして感激。
長い期間の準備と努力が、総て凝縮された一夜でした。オペラ座に響き渡った「赤トンボ」のメロディは今でも私の耳の中で鳴り続いています。
華麗なオペラ座、コンダクター、ソリスト、オーケストラ、スタッフと全ての準備を整えて私たちを暖かく迎えて下さったプルゼニ市に、ただただ感謝しています。
この感激を土台に世界共通語の音楽で、私達高崎第9合唱団の更なる成長と飛躍を皆様と共に念じて行きたいと思っています。
チェコ公演の成功を祝す 副団長 竹澤 學
ドイツ・ハイデルベルグ市聖霊教会での、第1回海外公演がその目的を達成し無事で帰国した。帰国後、第2回の海外演奏の話が持ち上がり、高崎第9合唱団創立20周年記念行事として、姉妹都市のチェコ共和国プルゼニ市が第一候補にあがった。
実施期日は、準備の都合で1994年9月を第1希望にしたが、『群馬交響楽団』が創立50周年のイヴェントの一つとして、初の海外演奏を企画中とのニュースを耳にしたので、一年延ばしの1995年に決定しました。なんと、それが高崎市制95周年の記念すべきとしであった。1993年に『からす川音楽集団』が同じプルゼニ市のオペラハウスでの演奏会を成功裡に終了しており、高崎第9合唱団の訪問で、3年連続の姉妹都市演奏会が開かれることになる。
その頃、高崎市の秘書課より市長をはじめとする、姉妹都市プルゼニ市訪問旅行がある事を知らされて、下見を兼ね参加した。
表敬訪問で、市長をはじめ、行政の要職にある職員等に合う事ができ、懇談会では、行政側と業者側に分かれ、親しく懇談の時を持った。その業者側の中に現在の市長ズドニク・プロセックさんが助役で同席しておられた。
今年の8月、国際交流野外パーティーの席で市長の肩書きで再会した時は、とても驚き感激した。高崎第9合唱団を心より歓迎するとの挨拶を受けたからである。
阪急交通社にあっても、海外のエージェントを通して準備を着々と進め、合唱団の旅行対策委員会も組織され、本番に向けて、日曜日の特別練習が開始された。男性20名のエキストラはノヴァ・チェスカ・ピーセンと言う合唱団から派遣されるとの説明もあり、やがて結団式。渡辺団長の力強い演説?赤羽先生の猛烈指揮で最後の特訓…。そして、出発の日高崎駅を予定通り出発。
オケ合わせも無事終了。本番前のゲネプロで予期しないハプニング発生。応援の男性20名がプラハから到着してないとのこと。最悪の場面である。第2楽章が終わりに近づいた頃到着の知らせが入りほっとしたのも束の間。3楽章の直前合唱団全員舞台に整列。4楽章の『合唱』を待った。オペラハウスの客席は、完全に満員の状態であった。万雷の拍手の中で無事演奏会が終了した。
レセプションには、プルゼニ市長をはじめ多くの方々が加わった。指揮者、ソリストの他エスプリの担当者が私を訪ねてきて下さったのには、大感激。合唱団員はめいめい楽しい雰囲気を過ごした。全員無事で帰国できたことは何にも勝り、よい結果と言える。「団員の皆様、ツアーさんかの応援団の皆様、大変お世話になり心より感謝申し上げます。第3回海外演奏旅行の計画に入るが次回も今回を上回る成果を期待します。
最後に今回参加された全ての人の上に健康と幸せの日々がある事を神に祈り、粗文を閉じさせていただきます。高崎第9合唱団万歳!
<運営委員紹介>
運営委員 | 氏 名 | 運営委員 | 氏 名 |
団 長 | 渡辺 義之 | 委 員 | 常見 京子 |
副 団 長 | 竹沢 學 | 〃 | 原田 和子 |
副 団 長 | 赤羽 洋子 | 〃 | 片貝 和枝 |
事務局長 | 上野 道昭 | 〃 | 須藤 忍 |
委 員 | 新井 祐美子 | 〃 | 吉井 秀明 |
〃 | 有阪 保彦 | 〃 | 三輪 教孔 |
〃 | 長島 好江 | 〃 | 小野里 智恵子 |
〃 | 宮田 美智子 | 〃 | 小野里 明 |
〃 | 茂木 晴子 |