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1998年10月17日(土)-2日目-

ニュルンベルク市表敬訪問〔ニュルンベルク旧市庁舎〕

ニュルンベルク市議会議長挨拶

こんにちは、皆さん。私は皆さんをこの市庁舎にお迎えできて光栄です。渡辺さんをはじめ、有名な高崎第9合唱団の皆さんをお招きできて嬉しく思います。今日この挨拶のために、他にも来ていただいた方がいます。SPD党のアイン・ブローシュさん、交通観光局長のミシェル・ウェーバーさんです。

(紹介してくれる。)

今日は市長が来られなくて私が来ましたが、挨拶ができて光栄です。私は皆様方を迎えられ、明日のグスタフ・アドルフ記念教会でフュルトの若い楽団と、コンサートを開くことができ、大変嬉しく思っています。
ここ数年から日本とは文化交流が深まっており、昨年はN響とのコンサートが実現しました。初めてニュルンベルクにくる方も多いと思いますが、始めてでない人は再会になりますね。ようこそおいでくださいました。
音楽関係で興味がお有りの方は、ニュルンベルクのマイスタージンガーでご存じの方も多いと思います。ワーグナーがニュルンベルクのマイスタージンガーを作り、それで世界中にこの都市が知られるようになりました。ぜひ、2年後の950年祭にもいらしてください。皆さんをお招きします。マイスタージンガーももちろん公演します。ヨハン・パッヘルベルも、この街の出身です。
このニュルンベルク市では国際オルガンフェスティバルが世界的に有名で、全国にテレビで放送されます。
いままでお話した通り、音楽に対し関心の深い都市としてその名を知られています。そして、ここは過去の歴史で忘れてはならない自由帝国としても知られ、市庁舎など古い物をたくさん残している街です。
この市はルネッサンス産業革命など歴史の古い街でもあり、1950年から1960年代に戦争で壊れた街を復元することができました。そして新しい街としても発展しています。ニュルンベルク市もドイツも、経済が停滞し失業者が多く、現在対策に取り組んでいるところで、世界の不況の影響を受けています。バイエルン州でこの市は二番目に大きい都市で産業経済も発展しています。ニュルンベルクの人口は50万人。日本の大都会に比べれば小さい街で、一年間の訪問者は約百万人です。この市に入ると、旧市街で古い街並みを見ることができます。この街に来るのには交通の便が大変良く、国際見本市の会場もあります。ホテルや会議場も備わっています。
ニュルンベルクは歴史的遺産を大切にしています。 皆さんには、このニュルンベルクでいい思い出を作っていただき、日本に帰ってその思い出をいろいろな人々に話していただきたい。言葉は違えども、この出会いをとても嬉しく思っています。明日のコンサートの成功を心からお祈りいたします。
音楽によってこうして言葉は違っても文化交流ができます。音楽は国境を越えるのですね。そのことに対して、皆さんが一番実感しているのではないでしょうか。
コンサートが成功し、素晴らしい思い出を残して帰られることをお祈りいたします。教会のコンサートは残念ながら欠席しますが、パーティーでご挨拶するためホテルに参ります。
団長さん、記念品を用意しています。

(記念品を受け取り、記念撮影。)


左からアイン・ブローシュさん、赤羽先生、ミシェル・ウェーバーさん、ゲファルト・シェンフェルダーさん、渡辺団長、小野里副団長

渡辺団長挨拶

ただ今の厚い歓迎のお言葉、ありがとうございます。思い出に残るプレゼント、この団の宝物として大切にします。ありがとうございます。
私が代表して挨拶しますが、こちらが指導者の赤羽洋子です。また市長代理の小野里博が挨拶します。
この度、とてもすてきなこの古い街へ、第九のために来ることができて、団員一同心から喜んでおります。昨日フランクフルトからバスで来ました。山野も紅葉も美しく、自然の豊かなところだなと思いました。
本日はオペラ座でレッスンし、ここまで歩いてさすが950年の歴史の街だと感心しました。このような立派な市の重役が招いてくださり、色々努力していただいたことを心から感謝します。
私ども高崎第9合唱団は、高崎市にあります。東京から北へ100キロメートルくらいの人口25万人の街です。高崎市のある群馬県は、現在の総理大臣、小渕恵三氏の出身地です。
この高崎市で1945年に日本で二番目に古いオーケストラが誕生しました。その群馬交響楽団ができたときの意志は、戦争で痛めた心の復興には音楽が大切だというものでした。その群響もこの50年で成長しましたが、当団は毎年12月に共に第九を演奏し続けています。これは、ベートーヴェンの音楽を通じてすべての人々が理解し合う精神を共感するためなのです。
この群響と当団が演奏会を重ねて25年目の記念に、ヨーロッパの演奏会を企画しました。明日の演奏会においては、私たちが日本で12月に歌っている第九の合唱を、この地のオーケストラと演奏できることを心から喜んでいます。
ドイツと同じく、今、経済的に日本も高崎市も不況です。でも、打開するカギは、音楽文化によって全ての人々が心を同じくして、平和・平等を図ること(が大切)だと思います。今回の演奏会で、当団とニュルンベルクの人々が心通じ合い、今後の役に立てればと願います。私たちの短い滞在期間、ニュルンベルクの歴史を学び、ドイツを観て、今後の演奏に活かしたいです。
高崎はあと2年で、市制100周年ですが、950年のニュルンベルクの歴史を少しでも学び役立てたいです。
おわりに、今回たくさんの方々の力でこの演奏会が実現しましたことを、心からお礼申し上げます。

高崎市長挨拶(高崎市議会議員 小野里博代読)

ニュルンベルク市長 ルドウィック・ショルツ 様

この度はそちらにお伺いすることができませんことを、まず持って深くお詫び申し上げますとともに、非常に残念に思っております。
また、“高崎第9合唱団”の一行をたいへん快く、温かくお迎えいただきますことを心から深く感謝と御礼を申し上げます。
高崎は、音楽をこよなく愛する市民の力により、わが国の地方オーケストラ第1号であり、’94年にプラハの春音楽祭に招かれた“群馬交響楽団”を生み、育んだ地でございます。
現在でも、そうした市民の力や志が受け継がれ、高崎音楽祭をはじめとする様々な音楽イベントの開催をはじめ、数多くの音楽団体が積極的な活動を推し進め、本市とともに『音楽のある街・高崎』づくりに邁進しております。
まさに“高崎第9合唱団”は『音楽のある街・高崎』づくりをリードする団体のひとつであり、多くの市民から愛され、親しまれてきております。特に、毎年12月に開催している「第九交響曲」の演奏会は、新たな、素晴らしい年明けを招くコンサートとして定着しています。
「第九交響曲」を作曲した古典派音楽の巨匠であるベートーヴェンを生み、育んだドイツの地で、さらにワーグナーをはじめ著名な作曲家たちが活躍し、現在も数多くの国際的な音楽イベントが開催されております貴市でその「第九交響曲」を演奏できますことは、この上なく光栄な限りであり、“高崎第9合唱団”のメンバーもこれまでにない心地良い緊張に胸が高鳴っております。
特に、結成25周年という節目を迎えておりますだけに、世界を代表する音楽の街・ニュルンベルク市で、『音楽のある街・高崎』の代表として、素晴らしい演奏会になるよう全力を注ぎ、持てる力を存分に発揮していく所存ですので、どうぞ3回目となります海外公演が成功いたしますよう、ご支援のほど宜しくお願い申し上げます。
現在、ニュルンベルク市と高崎市は残念なことに姉妹都市提携を結んでおりませんが、これを契機に 両市の交流がより一層盛んになり、深まってまいりますようご期待申し上げております。
結びに、貴市のますますのご発展を心からご祈念 申し上げ、お詫びとお礼のご挨拶といたします。

1998年10月
高崎市長 松浦幸雄

渡辺団長からだるまを進呈。

議長(返礼)

高崎市長のメッセージを嬉しく聞きました。
皆さんはお昼に名物料理を召し上がったでしょうか?こちらからお飲み物を用意しておりますのでぜひ召し上がってください。一曲歌っていただけないでしょうか?

団長:ちょっとその前に(達磨の説明をする)。高崎の少林山にブルーノ・タウトがいました。だるまは幸せを運ぶという言い伝えがあります。
議長:政治に必要ですね。(笑)
団長:七転八起といって、七回転んでもさらに八回起き上がれと日本では言うのです。
議長:あなたは日本の首相になるのではないの?(笑)
団長:いいことがあったり、願いが叶ったら、もう一つの目を入れるのですよ。ニュルンベルクにすてきないいことがあるように祈ります。

(交通観光局長に大きい達磨の一つ目の目を入れてもらう。)

団長:子供を連れてきたので差し上げます。(小だるまを差し出す。)
議長:大変素晴らしい!お土産をありがとうございます。(笑) さあ、どうか歌を聴かせてください。
団員:『赤とんぼ』熱唱。PM3:35 (響きが良く、割りとうまくいきました。)

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