第2章 ベートーヴェンの生涯




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第6節 ナポレオン


第2章 ベートーヴェンの生涯

エロイカ

『エロイカ』スコア筆写本の表紙(表紙はベートーヴェンの手書き、スコアの手書きは残っていない)
「ボナパルトと題す」という副題の文字を、紙が破れるほどにこすって消している。

さて、この頃オーストリアの大きな社会問題の一つにはナポレオンによる一連の戦争があったわけだが、そうした社会情勢もベートーヴェンと無関係ではなかった。オーストリアとフランスの対立が激化する中、ウィーンの街はフランス軍の兵士たちであふれ、市民は恐怖に震える日々を送っていたが、1797年10月に締結された『カンポ・フォルミオ条約』で当面の危機は脱出することになり、翌年1798年にはフランス全権大使としてベルナドット将軍がウィーンに着任することになった。

ベートーヴェンはこのベルナドット将軍よりナポレオンを讃える交響曲の作曲を依頼され、交響曲第3番『英雄』の作曲に取りかかる。進撃するナポレオン軍は、彼にとっては祖国ドイツを攻める敵だったが、ナポレオンが貧しい平民の出だということ、また自由主義、民衆の見方の英雄としてのナポレオンに対して多少の親しみを覚えてもいたことから、快く引き受けたのであった。

しかし1804年、ナポレオン自ら皇帝になったという知らせを聞いて激怒し、「彼もそこいらにいる奴と変わらない。彼はあらゆる人権を踏みにじり、自分の栄誉だけを楽しむのだ。彼は他の奴と同様、暴君になるだろう。」と叫び、ボナパルトへと書かれた楽譜の表紙を破り捨て、『エロイカ』という題に名付け変えたという話は余りにも有名である。

作品そのものは、交響曲第1番、第2番の様にハイドン的な古典的規律を守ったものとは明らかに違い、規模、表現のいずれを見ても交響曲の歴史上、新しい段階に突入した作品といえるだろう。その大交響曲の中には、『創造主の作った専制的な世界への挑戦』という意味が込められているのだった。美しい自然の音を聞く耳をつくりながらその耳をだめにしてしまう、清らかな心を持った人々をつくりながら不幸にしてしまう創造主・神に対して、またすべてを貴族が支配してしまう専制的な世の中に対して宣戦布告をしているのである。「これからは、宮殿の舞踏会のためにだけあるような音楽ではだめだ。もっと人間の心の叫び、魂の叫びを感じる音楽でなければだめだ。」

ベートーヴェンはいつか、胸の奥底でかすかに井戸の湧く音がし始めたような気がしていた。民衆の立ち上がる足音のように・・・。

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