第2章 ベートーヴェンの生涯




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第9節 不滅の恋人


第2章 ベートーヴェンの生涯

さて、ここで「ベートーヴェンの不滅の恋」の謎に迫ってみよう。

彼の死後遺言の執行人になっていたシュテファン・ブローニング、アントン・シントラーとベートーヴェンの弟ヨハン立会いのもと、晩年ベートーヴェンが親しくしていたヴァイオリニストのカール・ホルツの助けで遺品を整理したところ、探していた銀行株券7枚、ハイリゲンシュタットの遺書、2枚の細密画、3通のラブレターを机の引き出しの奥にしまい込まれていたのを発見した。ベートーヴェンのいわゆる「不滅の恋人」とは、この未投函ラブレターの宛主のことをいうのであるが、誰であったのかはいまだ謎に包まれたままである。名前はT・B(イニシャル?)しか書かれていないため、書かれた時期、文面からわかる状況など様々な要素から推測するしかないのであるが、この手紙はベートーヴェンが残した手紙の中では類を見ないほど、愛情の高揚と気持ちの乱れを示しているもので彼が生涯にわたって彼女を愛し続け、一緒に暮らすことができない重大な障害が二人の間にあり、相手の名前も自分の名前も決して第三者に知られることがないように、細心の注意を払っていたほどの秘め事であったことがその文面からうかがえる。

「やさしい妻を得たものは、我ら(彼ら)の歓喜に声を合わせよう」という言葉はベートーヴェン第9交響曲の合唱の中で高らかに歌われる。しかし、ベートーヴェンは多くの女性と恋を繰り返し、結婚生活にあこがれながらも生涯独身で過ごす。彼の音楽を理解してくれるほど教養の高い女性はほとんど貴族の夫人たちであり、彼女たちと恋を繰り返しても、当時の社会情勢を考慮すれば結婚は難しかった。しかし恋愛は必ずしも失恋ばかりではなかった。またベートーヴェンは、苦境に陥った彼を慰め、大きい母親のような存在の女性にも恵まれた。

ボン時代、彼の教養を高め、家庭の安らぎを与えてくれたのはフォン・ブロイニング家の未亡人である。ピアノの弟子であるこの家の長女エレオノーレとの間には淡い恋愛感情が芽生える。彼女は後に医師ウェーゲラーと結婚し、夫とともに彼の生涯の友となった。ウィーンにおけるベートーヴェンは軽い恋、激しい恋と、様々な恋を重ねていく。

1799年にはブルンスヴィック伯爵家の令嬢たち、テレーゼ、ジョセフィーヌ、シャルロッテ三姉妹との運命的な出会いがある。

1809年、エルデディ伯爵夫人とともに、貴族たちから多額の年金を受けられるよう奔走してくれたグライヒェンシュタイン男爵に「僕に妻をさがす手助けをして欲しい…美人でなければだめ」という手紙を書いている。

結婚こそしなかったが、ベートーヴェンのまわりには母親のような慈愛あふれる女性、音楽を理解し彼の精神を理解してくれる女性、また彼の作品をすばらしく賞賛する女性、そしていくたびか結婚を申し込んだ若く美しい娘たち、くるおしいほど激しい恋の対象となった「不滅の恋人」等多彩な女性がひしめいていた。常に女性に積極的にアプローチしていたベートーヴェンはやはり、まれにみる勇気ある男性だったと言えるだろう。

ハンガリーの片田舎にあるブルンスヴィック伯爵別邸
ハンガリー首都ブダペスト郊外のマルトンヴァーシャルにあるブルンスヴィック伯爵別邸 1998.10.21撮影

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