6:45 起床・朝食 7:55 バス集合で出発 (1号車ガイド村田さん | ポーランド滞在中はいま一つ天候に恵まれませんでしたが、ドイツに来てからは大変良い天気に恵まれました。ポーランドでの演奏会で一生懸命歌ったから神様からのご褒美かな。この日の朝の気温が4度と低めなのですが、バスの中にいると日差しが大変強く感じられました。99年にボンから首都移転してきたベルリンの説明を聞きながらドレスデンへと向かいます。 ベルリンはトルコ人をはじめとする外国人と、学生が多く住んでいて、八百屋の99%がトルコ人だそう。以前はなかったナスやカボチャや白菜など、いい野菜がたくさん入ってくるようになり、彼らが来てからドイツの食生活は豊かになったそうです。 |
ドレスデン Dresden 12:30 レストラン 「イタリアの小村」で食事 | ドレスデンに到着。市のシンボルのヘラクレスの像が市庁舎のてっぺんから私達を出迎えてくれました。数々のドイツオペラが初演されたゼンパーオペラ(Semperoper:ゼンパーが作った宮廷劇場)や、宮廷教会、カトリック教会、宮殿の復元や、馬小屋のあとを見学。当時は狩のための馬がとても大事にされていて、壁には馬とライオンのレリーフが交互に並んで彫ってありました。獲物をとった後、池で体を洗い、斜面をのぼって馬小屋にスムーズに入れるようになっています。当時、馬を飾り付け、自らも兜をつけて行う、日本の流鏑馬のような遊びがあり、それを2階から女性たちが眺めながら、男性の品定めをしたと言います。 フラウエン聖母教会(Frauenkirche)の修復現場は、2006年完成予定。税金ではなく、有名人のチャリティーや、市民の寄付で行われているそうです。昔は武器庫として使われていた宝物館、アルベルティーヌ。その前にあるゼンパー氏の像、壁にラファエロやダビンチやミケランジェロの名前が飾ってある芸術大学やツィンガー宮殿(Zwinger)などを歩いて見学しました。 エルベ(Elbe)河を臨む川岸へとのぼっていきました。ここは360度どこを見ても絵になるような美しい場所。みんな口々に「うわあ、きれいね」と感嘆のため息をもらしていました。河沿いの風は冷たかったものの、天気が良く気持ちよかったですよね。エルベ河沿いは、この年の8月の洪水で被害に遭ってしまいました。対岸のなぎ倒されたままの雑草を見ると、2ヶ月前の夏の洪水の凄さを思い知らされます。ガイドの村田さんがあの橋げたを見ると横に一本線がひかれたように上と下で色が違いますよね。あそこまで水位が上がったのですよ。7mの水でも大丈夫な様になっていましたが、8月は9.3mの大水になってしまったのです。」と教えてくれました。 |
♪こんなことがありました!! | 道に、全身を銀色に塗ったおじさんが、小さな台の上にじっと動かず立っていました。剣と盾を持って、騎士の格好をしています。目も動かさないので、作り物かと思って前を通ったとき、足元のかごに小銭をいれる人あり。すると急に動き出し、ゆっくり一礼すると、剣をひたすら振りかざし、しばらくするとまた固まってしまいました。 |
14:00 バスに集合 レストランを出てマイセンへ 14:55 マイセン着 磁器工場の工房と博物館 マイセンMeissen | バスはマイセンに入ってまいりました。この付近も水害を受けていました。川岸に近い家屋の玄関の戸には張り紙があり修復されるまでの連絡先が記されていました。ほんの数ヶ月前までこの美しい街に住み、のんびりと暮らしていたのであろうここの住人は今どうしているだろう、ここでまた元通りの暮らしができるのはいつのことだろう…。美しい建物と共に、災害に遭った家々・廃材の山が視界に入ります。ドレスデン、マイセン共に一日も早くもとの美しい街に戻ってもらいたいと願いました。 博物館の見学に入ります。日本人観光客の為に場内では日本語の説明が流れます。するとあちこちから「あれ、この声は…?」そう、1号車のガイドの村田さんの声だったのです。日本語の説明で、映像や工場の人の実演つきで、とても楽しくわかりやすかったです。 チケットには磁器工場の見学のほかに、上階にある博物館の入場チケットが付いていて、そちらも見学できます。が、やはり売り場を見学する人のほうが遥かに多く、美しいコーヒーカップや小物を購入する人々で、大変賑わっていました。(それにしても高い!) |
16:20 マイセン発。 19:45 ベルリン着。 | バスに乗るとガイドの村田さんから「皆さんが4時に集まる事ができればもう一つ、別の美しい教会に皆さんをお連れできたのに…」と聞かされ「うーっ!惜しい事をした」と残念に思いました。でもよく考えてみると、それってとてもハードスケジュールですよね。この旅行中ずっとタイトなスケジュールをこなしてきたから、感覚が麻痺しちゃったのかもしれません。その教会は今度来るときまでのお・た・の・し・み。 美しい夕陽に照らされながらアウトバーンを走ります。何だか日本で見るより夕陽が大きく感じたのは気のせいでしょうか。カメラを持っている人たちはそれぞれ揺れるバスの中から大きな夕陽を撮影していました。日も暮れて外の景色がよく見えなくなった午後6時30分頃からバスはなかなか前に進まなくなりました。日本と同じように、週末を郊外でのんびり過そうという車により大渋滞となっていたのです。渋滞にかかる前の午後5時30分に休憩をとってから、ホテルまでどこにも止まらずに来たので、ホテルに着くなりトイレへ一直線!という人が結構いたのでは? お疲れ様でした。 |
♪こんなことがありました!! | 人形の置物を作る工程でのこと。お人形の顔の型を造った部屋から最後に出るその子先生を職人さんが手招きをして、今作ったばかりのお人形の首をあげました (生地の首です…)。たしか、昔そんなエピソードを持って、“なんでも鑑定団”(お宝を鑑定する番組)に出てきた人がいました。値段は忘れてしまったけど、みんなにあげているんですね。 |